頑張って手に入れたものに価値なんてない。
おはようございます、れ菜です。
朝晩が冷えます。まさに放射冷却。
着る服に悩みますが、
この一瞬の春を楽しみたいです。
私の住む地域は薄手の長袖なんて数回しか着れませんから。
皆さんは靴って何年履きますか?
私は3年と決めているのですが、靴を一足しか持ってないのに3年履き倒すのは長すぎるのでは?と感じ始めました。
ミニマリストなので、靴も鞄も一つと決めています。(たくさん持っていても良く使うものは決まってくるので)
ちなみに鞄も3年です。(3年使うとどこかが壊れてしまう)
靴も鞄もとても気に入って、愛用しているので3年使い倒すことには不自由を感じていないのですが、どうしても見た目が貧乏くさくなってきてしまうのです。
おしゃれは足元から。
鞄はまだしも、靴は3年縛りを2年縛りに変えようかな…と昨日思いました。
…というだけの話でした。
本題ですが、
あなたの価値ってなんですか?
何かの資格を持っている?
肩書のついている役職?
仕事している?
家事育児を頑張っている?
私たちって「自分に価値をつけるために頑張ってしまう」癖があります。
フリーターだから価値がない。
貯金がないから価値がない。
恋人がいないから価値がない。とか。
”〇〇だから価値がある(ない)”って決めつけてしまいがちですよね。
なんでか?
それはそういう風に教わってきてしまったからです。
大人の都合による価値観を押し付けられてしまったのです。
だから「あれをしてはいけない、こうしなければならない」という
ひとつひとつの言動で株価のように価値が変動してしまうんです。
でも本当は
あなたが何ものでなくても価値があるんです。
お金があるひともない人も、
社長とパートも、価値は全く同じ。
それはないんじゃない?と思っても、誰かが勝手に価値をつけてるだけ。
自分の価値は自分でつけるものです。
そしてその価値は役職や家庭環境で決めれるものではないのです。
じゃあ、「そのままの自分で価値がある」と思えるにはどうしたらいいでしょうか。
それはそのままの自分でもちゃんと認められていたんだと感じること。
親からの愛、って
「かわいいかわいい」って赤ちゃんのころのように
ただただかわいがられるものだけじゃないですよね。
心配されたり、ときには叱られたり。
親から愛されていたという形は実にさまざま。
怒られたことも、ケンカしたことも、あなたが嫌いだからではない。
大好きで大切だから、そんな風になってしまったのです。
だから、あれもそれもこれも私って愛されていたからなのね。と認めることです。
そして
自分はなんにも頑張らなくても価値がある。と思うと
人生が好転しはじめます。
「価値がある」の部分はそのままに
「頑張る」か「そのまま」かという部分だけが変わります。
あなたがいままで頑張って価値をつけてもらおうとしていたことが
頑張らなくても価値があるということになるんですよ。
価値があるからお金がもらえますよね。
価値があるから愛されますよね。
欲しかったもの、別に頑張らなくてももらえます。
だってそのままのあなたでも価値があるから。
”価値があること”が大事ならば、頑張っても頑張らなくても一緒です。
パートだろうが、独身だろうが、
何者でもなくてもあなたには価値がある。
なにをしても価値がある。
もう頑張らなくても大丈夫です。
価値があるのは「頑張って手に入れたもの」ではなく「自分」なのだから。
うまく説明できてるかしら。
なにか伝わればと思います。
それでは。